震災があった日はちょうど定休日だったので友人達との新年会を早朝まで行い、友人を須磨や長田へと車で順番に送り届け、あの倒壊した阪神高速を午前5時30分頃に走行していました。
高速を降り、自宅マンション前に付いたのが5時45分頃。
車を駐車場に止め、自室ドアの鍵を開けようとした瞬間に大きな地鳴りとともに激しい揺れがやってきました。
地鳴りなど今まで経験した事がなかったので、強い風が吹いているとばかり思いましたが、数秒なのか十数秒の間地鳴りが段々大きくなり、マンション通路の窓が勝手に開いていくと同時に下から突き上げるような大きな衝撃と共に、立っていられないほどの大揺れとなりました。
慌ててマンションの前に飛び出し空を見上げると、西の空全体が紫色のフラッシュをたいたように光っていました。
辺りにはガス管が割れてしまったためかガスの匂いが充満し、地面もいたるところにひび割れがありました。
とりあえず、安全な場所にと近くの公園まで行き携帯電話で家族の無事を確認し、とりあえずはホッとしたのですが昨夜一緒に遊んだ友人達に連絡が付きませんでした。
家族や近隣の人たちの無事を確認してから友人を捜しに彼の住んでいる長田区へバイクで探しに行くと、一帯が火災となり、消防車は出動しているものの消火作業が出来ない状態。
苦楽園の自宅や実家などの範囲では倒壊した建物も殆どなく、まさかあんな甚大な被害が出ているとは想像もしていませんでした。
友人が働いている三宮の飲食店の様子や、以前働いていた店に行ってみると倒壊、半壊していたり地下の店舗は水浸しに・・・。
元町の商店街などでは被災した店舗から商品を持ち去る人たちも多かったと聞きます。
友人の飲食店にあった公衆電話の小銭まで盗まれているのを目の当たりした時には閉口してしまいました。
国や各自治体が阪神大震災の教訓を生かし、今後このような大災害の時にも極力被害が少なく、迅速に被災者の救済や支援が出来るようになる事を切に願います。
また、全国からさまざまな救援・支援が寄せられ都市機能としては復興を致しましたが、ご家族やご友人を亡くされ、未だ悲しみに暮れる生活を送っておられる方々も多くおれらます。悲しみを乗り越え、一日も早く立ち直られますよう心よりお祈りいたしております。
以下コピペブログで見かけたのですが、当店リアル店舗が夙川にあるだけに、その光景が目に浮かび涙が出ました。
25 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/11/19(木) 02:53:11.50 ID:DA4ww8770
153 名前:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/27(木) 02:25:07 ID:NjfrFqNQ0
阪神・淡路大地震のあと、阪急電車の復旧を沿線の人々は待ち望んでいた。うちもその一軒。
夜を徹して行われる作業、騒音や振動をこらえてくださいと、電鉄会社の人が頭を下げに来た。
「何を言ってるんだ?我慢するに決まってるじゃないか。それよりも一刻も早い復旧を。」
うちも含めて、沿線の人々はみなそう言って、電鉄会社の人を励ました。
阪急は国の補助も受けず、少しづつ復旧・部分開業していった。
そして最後に残された西宮北口〜夙川間の高架部分の再開によって、
ついに神戸本線は全通した。
再開の日に、もちろん漏れも乗りに行った。神戸で逝った友のもとへ行くために。
運転台の後ろは人だかりだった。みな静かに鉄道の再開の喜びをかみ締めているようすだった。
夙川を渡るそのとき、川の土手に近所の幼稚園の園児たちが立ち並んでいるのが目に飛び込んできた。
手書きの横断幕を持って・・・。
「あ り が と う は ん き ゅ う で ん し ゃ」
運転手が普段ならしないはずのそこで敬礼をした。
そして大きく「出発進行!」と声を上げた。
その声は涙声になっていた。漏れも泣けた。
ときよ、上越新幹線よ、もまいを待っている人々がいる。
復興のために、そして人と人をつなぐために、よみがえれ、不死鳥のごとく。
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